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2008年11月の記事一覧
第二日目(10月8日)カジュラホのヒンドゥー寺院群
朝8:30ホテルを出発しデリーの空港へ。細い路地を抜け埃っぽい駐車場に停車すると目の前に古ぼけた空港ターミナルが見えます。昨日とは違い国内線専用空港のようです。ここから1時間15分程のバナーラスを経由し、今日の目的地カジュラホへと向かいます。
因みに経由地のバナーラスはガンジス河畔にあるヒンドゥー教最大の聖地・シヴァ神の聖都。ここで沐浴すればすべての罪は浄められ、ここで死に遺灰がガンジ スに流されれば輪廻からの解脱を得られるという。しかし眼下のガンジスはごくありふれた河にしか見えず少々拍子抜け。空から眺めるだけでなく、やはり現地 で沐浴を体験すべきなのでしょう。
飛行機はしばらくガンジスに沿って飛行した後、徐々に南下し40分程で駅舎のような空港に降り立ちます。カ ジュラホは世界遺産を擁する有名な観光地ですが今は小さな田舎町。バスの車窓からは、天高く伸びる椰子と田園で働く人々が見えるだけです。ホテルで遅い昼 食を済ませた後、遺跡巡りを開始。

西の寺院群
今から1000年以上前に、月神チャンドラの子孫と称するチャンデーラ王朝がその最盛期(950~1050)に85もの寺院を建立したそうですが、14世紀イスラムの支配下に入ると偶像崇拝として破壊対象となり、現存するのは村全体で22寺院。
西の寺院群は一番規模が大きく、芝生で公園風に整備された区域のなかに10あまりの寺院が林立しています。
まず現地ガイドからヒンドゥー建築(北部)の様式について説明を受けます。ヒンドゥー寺院の第一の特徴は空にそびえる尖塔状の屋根(シカラ)と、その上に 円盤(アマーラカ)、頂上に水壺(カラシャ)という造形です。それぞれヒマラヤ山脈、聖なる果実、聖河ガンジスの水を表すそうで、特に水壺(カラシャ)は 宝珠や舎利瓶に酷似していて仏塔(ストゥーパ)との関連を想わせます。
靴を脱ぎ内部へ進むと中は真っ暗闇。コウモリの糞が発するアンモニア臭が 鼻を突きます。暗闇に目が慣れると次第に構造が明らかになります。内部はやや広いホールになっていて、中央に伎楽を奉納するための小さな舞台が設けられて る。その奥に小部屋があり、ここは主となる神が祀られる重要な場所のようです。これは後で調べたことですが、奥の小部屋はガルバグリハ(生命の宿る子宮) であり、手前のホールがマンダパ(拝堂)というそうです。
内陣と礼堂から構成される日本の寺院建築と相通じるものがある。また、寺院に施された 彫刻は香箱・蓮華・スリン・返華・須弥檀といった日本のお墓に使われる様式が数多く見受けられ、インドを源流とした文化・芸術が時間と空間と超え、はるか 日本で息づいていることに感嘆を覚えます。
我々石材店は悠久の文化を今に受け継いでいるんですね。

ミトゥナ像
さて、カジュラホを世界的に有名にしているのは何といっても寺院の壁面を彩るエロチックなミトゥナ像(男女交合像)です。
本邦四十八手も真っ 青になる多種多様かつユニークな体位の像たち。アクロバチックなものから何と獣姦まで有ります。彫像の数はカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院だけで実に外 部646、内部226。4世紀にまとめられた性典「カーマスートラ」或いは性交を通じ宇宙の最高心理を知ることを目的とするタントラ教を視覚化したという もので、執拗で徹底した性の追求、恍惚が法悦に通じるということなのでしょうか?邪淫と言ってしまえばそれまでですが、インド中世美術の一つの到達点であ るのは間違いありません。艶めかしく、限りなく具象であるだけに、いささかくたびれます。
寺域をひとめぐりした頃には日差しも傾きかけ、峻嶮な峰々を思わせる寺院群が美しいシルエットをつくり出す夕暮れ時、官能の世界に圧倒され上気した頬が、爽やかな風に吹かれます。

東の寺院群
東の寺院群は西の寺院群から1キロ程、規模もずっと小さく3寺院ほど。ジャイナ教のパールシュヴァナータ寺院を見学します。ジャイナ教は仏教とほぼ同時 期に始まった宗教で、カースト制の否定と徹底した不殺生を掲げ、厳しい戒律を守っています。ヒンドゥー教に取り込まれた仏教とは対照的に、ジャイナ教は現 代も根強く生き残っています。官能的なミトゥナ像こそありませんが、寺院の構造はヒンドゥー建築と大差ありません。
(民俗舞踊)
民俗舞 踊が観られるというので、遺跡巡りが終了後小さな劇場に立ち寄ります。場末のストリップ劇場のような風情で4人ほどの楽団が緩い前奏曲を流しています。客 は私たちだけなのかと思いきや開演時間直前にほぼ満席。他に行くところもないのでしょう。演目は6つほどで、概ね賑やかなミュージカル仕立になっていま す。

第一日目(10月7日)インドに到着
朝9:00成田空港第1旅客ターミナル南ウィングに石文化研究所 小畠先生を筆頭に私を含め13名が集合。インド旅行を前に期待と不安で胸が高鳴ります。
AM11:00成田発タイ国際航空に搭乗し、空路約6時間半、現地時間の午後3:30に中継地バンコク国際空港に到着。ここで関西国際空港から搭乗した2名が合流し、インド石造美術研修ツアーの総勢15人が揃う。
夕方6:05デリーに向けバンコクを出発。バンコクからデリーまで約4時間、機内にはサリーを着た女性やターバンを巻いた立派な体格のインド人乗客が目立ちます。現地時間夜8:40デリー国際空港に到着。成田から合計約13時間の長旅です。
到着して驚いたのは空港のトイレ。トイレットペーパーが無く、取っ手の付いた大きなコップが置いてあるだけです。コップには壁から水が注がれていて、この 水を使い左手で器用に洗い流すそうです。ガイドはインド流ウォシュレットと言っていましたが、さすがにこれは真似出来ません。
近年のインドはIT産業や製造業を中心に経済成長を続け、BRICsの一角として注目を集る存在ですが、空の玄関口はこの有様です。お隣中国の発展を目の当たりにしていると、インドはまだまだこれからという印象が拭えません。
入国審査ホールを通り抜け、荷物を受け取り空港の外に出た途端、むっとした空気と怪しげな客引きの群れが押し寄せて来ます。彼らをかき分けながらやっとの思いで専用バスに乗り込みます。
空港で出迎えてくれたのは、ツアーガイドのARUN KUMAR GUPTA氏(42歳・男性、通称:アルンさん)。ヒンドゥー教徒でインド・アーリア系特有の浅黒く彫りの深い顔つきです。独学と謙遜する日本語も達者な 聡明な人物。「私の名前は“有るん”です」などくだらない冗談を飛ばすが目は笑ってない。(この人物の本性は4日目に明らかとなる)宿泊先のホテルに空港 から40分ほどで到着。

はじめに
平成19年10月、インド研修旅行の機会に恵まれました。かつて「仏祖の國天竺(てんじく)」と呼ばれた遙かなる大地、カースト制度を含めた中世的伝統 社会が現代(いま)に至るまで残ると言われる神秘の国インド。今回の目的であるインド石造美術を中心に現地の様子をご案内します。(文、写真:谷田部 修)

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・ルートの重要性
庵治石を支える石屋さんのところで述べましたが、採石業者が誰にでも石を売るわけではありません。また、採石業者がどんな丁場 にも入れるわけではありません。庵治石のそれぞれの業者は丁場、採石業者、加工業者が一つの繋がりでルートが完全に決まって他のルートの仕事は出来ないの だそうです。そのため、庵治石を販売するには良いルートの確保が重要となってくるのです。採石業者が現在採っている場所の石が良くなかった場合、結果的に そのルートから良い製品が出ないということになるからです。ルートが決まっていることは先に述べたとおり、乱売、粗悪品を阻止し、ブランドを守るために必 要なルールです。ですから、より正確な情報を持っている業者、特別な権利を持つ業者、原石の在庫が確保できている業者等とルートを持つことは庵治石を販売 するためにとても重要なことなのです。幸い私共はそのルートを確保しています。
・最後に庵治石について
庵治石は硬く美しい石 である。また反面難しい石でもある。その石を丁寧に加工し研磨する。斑がきれいに出るように熱を与えない様研磨する。そのような良くするための工夫は代々 受け継がれてきた。「天下の銘石 庵治石」は、その美しさだけで無く、それを支える人々の心意気によって高級ブランドになったのだとつくづく思いました。
庵治石4
・丁場の維持
丁場を維持してゆくには県の条例に基づく植林、埋め戻し、防火用貯水池や砂防ダムの管理等莫大な費用が掛かります。(地主負担)そ のため、採石業者(大丁場10業者)は採石する権利を得る為に丁場の管理者である地主に年貢(丁場使用料)を支払うのです。実際には採掘しなくても、売り 物にならない石であっても年貢は払わなければならない。また、地主の許可の他に採石法に基づいて県の許可が必要となり計画的かつ安全に採掘を進めなくては ならない。ですから、年貢を払って許可をもらっても良い石が採れないこともある。場合によっては、数年間売り物にならない様な石を採掘しなければならない こともありうる。良い石が取れないということは当然利益が出ないということであるが、投資は続けなければならない。そういう意味でも事業リスクはかなり高 い。このこともコストの高い原因の一つになっています。
・庵治石の価格が高い理由
1,丁場の状態
かさね、二番肌と呼ばれる断層が非常に多く、キズを避けることが困難な為、全体の採掘量の3%~5%しか製品にならない。厳選された庵治石だけが墓石として使用される。
2,加工時のリスク
原石時に極力錆のある部分や傷の部分を省いてゆくが切削時に中からキズや錆、黒玉、白玉などが出てくる場合が多い。当然やり直しとなる
3,色あわせのリスク
断層ごとに色目石目が違うので合わせるのが困難。原石や切削時ある程度予想するが、研磨すると印象変わってしまう石がある。
4,丁場の維持
丁場の維持管理費用、採掘権等の費用が非常に掛かる。
主に以上の理由が挙げられます。
・ブランドとしての庵治石
庵治を支えるの石屋さん。
庵 治産地の石材関連業者は狭い地域に密集している上に、技術を受け継ぐ為先祖代々受け継がれてきた石屋・親子兄弟などの師弟関係の繋がりが深い石屋が多い。 いわゆる「よそ者」が新規参入することが非常に難しい。誰でもが採石業者から直接庵治石を購入することが出来ないので、ルートもはっきりし、乱売、粗悪品 が出回ることが無い。だから、「天下の銘石庵治石」というブランドが確立したのだという。
厳選された庵治石を扱える選ばれた石屋としての自負を 感じました。確かに、今回何人かの職人さんと話をする機会がありましたが皆さん庵治石に対する想いが強く感じられ仕事中にも拘らず手を休め丁寧に説明して 下さいました。それだけ自分たちの仕事に自信を持ちプライドを持っているのだと感じました。
・キズ検品
確かな腕を持った職人さんはどんな小さなキズさえ見逃さない。普通、一般の人では判らないキズを製品として出さないという責任感を強く感じました。
右下の写真はキズによる検品で没となった品物です。説明用に保管されていました。どれがキズなのか探せないほどの状態の物です。

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・丁場の状態
原石を採掘している丁場には、かさね(南北の亀裂)、二番肌(東西の亀裂)などと呼ばれるの断層が多数あります。庵治石の丁場は断 層によるキズが多い。それぞれのキズに沿った筋をよけ、良い部分を切出すため歩留まりは非常に悪い。また、加工する段階で原石では見えなかったキズが出て くる場合や石のムラ、色目合わせ(段層ごとに色目がバラバラで一つの丁場でも何種類にもなる)の難しさなど商品になるまでのリスクが高い。墓石、灯篭など 製品として使われる量は全体の採石量の約3%から5%程度です。
断層ごとに石目、色目が違うので一つの丁場で何種類もあることになる。そのため後から石目色目を合わせるのは非常に困難になります。
また、右下の写真の通りいくつもの「かさね」、「二番肌」と呼ばれる断層が走っています。見た目にも大きなキズが確認できます。さらに大割りされた原石を間近で見ると横に走る細かいキズも相当数確認できる。ここからキズの無い大材をとるのは容易でないことが解ります。

庵治石2
・庵治石の産地
庵治石は四国の北東部に位置する香川県の旧庵治町と旧牟礼町(現高松市)の境界付近に丁場があります。歴史も古く屋島の源平合戦 (源平屋島の戦い)の舞台となった場所です。那須与一の「扇の的」はあまりにも有名な話ですね。そんな源平の史跡が多く残っているところが庵治石の産地で す。そこは、瀬戸内式気候と言われる温暖な地域で庵治石の形成においても大きな影響をもたらしたといわれています。
・庵治石の形成について
墓石に使われている石は大きく分けて火山岩と深成岩からなっています。
火山岩・・・ 安山岩
深成岩・・・ 花崗岩、閃緑岩、斑レイ岩
*火山岩は火山の噴火に伴い流出したマグマが大気や海水等で急激に冷やされて形成された岩石で、結晶度は低く比較的軟らかい。
代表的なもの 小松石、山崎石
*深成岩は火山活動を中心とした激しい地殻変動が起き、そのとき地下深くでマグマが冷え固まった岩石で、比重により花崗岩、閃緑岩、斑レイ岩に分かれる。ゆっくりと固まったことで結晶度が高く硬い。
代表的なもの 真壁小目(花崗岩)、浮金石(斑レイ岩)
庵治石は地下深くで形成された深成岩で、今から2000年前に隆起し地表に現れたものです。白亜紀に形成された花崗岩の一種で、温暖な気候や海流はマグマをよりゆっくりと冷やし固めた為、庵治石の硬さやきめ細かさを作るのに役立ったと言われています。
・庵治石の特徴
○学術的なこと・・・
石英、長石を主成分とし、少量の雲母と角閃石を含むが、これら一つ一つの構成鉱物の結晶が極めて小さく結合が緻密。
*硬度は水晶と同じ7(モース硬度表)
○優れた点 ・・・
1,時間の経過による劣化の程度が少ない
2,約8000年前に形成された比較的新しい花崗岩の為硬い。
3,長石・石英・雲母などの鉱物の結合が緻密で強い。
4,吸水率が低い。(0.19%から0.2%)シミになり難く風化し難い。
5,変色しにくい。構成鉱物の黒雲母中の鉄分が極めて少ないため錆びない。
6,酸に強い。化学変化に強い(酸性雨にも表面が崩れにくい)
○斑(ふ)の話
庵 治石の良さを語る場合に欠かせないことの一つに「斑」が浮くという言葉があります。「斑」が浮くとは、研磨した石の表面に潤いを与えた様な斑模様が現れる 事で、二重のかすり模様のように見える状態のことです。源平合戦での平家を哀れんだ屋島の神仏が桜の花びらを舞い散らせ庵治石に写し出したという説もある そうです。
・種類
細目(こまめ)中目(ちゅうめ)に分類される
○細目 黒雲母が細やかに大量に入り青黒く、微妙な斑模様 濃淡が出る。(斑が浮く) 世界中の石材の中でも類が無い。
○中目 細目に比べ黒雲母の数が少なく白く見えるが、斑が浮く現象見られる。
・庵治石の丁場について
庵治石の丁場は個人の所有 地主が管理している。
代表的な丁場
○野山丁場 80%掘削済
○庵治山 80%掘削済
○大丁場 10%から15%掘削済(85%から90%残っている)
○中丁場
※特に大丁場は埋蔵量も多く特に良質な庵治石が産出した。元々は旧高松藩がこの山を管理し御用丁場としていた。高松城の改修工事にこの大丁場の石を切出して使っていた。後に旧高松藩の筆頭家老であった大久保家の所有となり現在も大久保氏の所有が続いている。

庵治石1
この度お客様から「庵治石」のお墓をご注文いただき、庵治石の産地、香川県牟礼へ視察・検品に行ってまいりました。現地の様子と庵治石についてご紹介いたします。
同業者(石材店)の間では、今までどんな国産の石を販売したことがあるか?などということが話題になります。外材が氾濫する市場において、国産の石を販売 もしくは取り扱う事は、石屋にとってとても大きなステータスを得ることになるのです。それは、石に対する知識や販売する能力を問われることでもあります。
「君は、何々石(国産石)を売った事あるかい?」
「はいあります。」
「そうか、それはならもう一人前(プロ)だね。」
業界ではそんな会話が普通に交わされます。よく考えると不思議な会話ですね。国産材には色々な意味で価格以上の価値があるのです。
それでは、国産の石にはどんな種類があるのでしょうか?国産の石といっても全国各地で採掘されています。関東では特に「小松石」が有名です。非常に味わい 深い石で天皇陵にも使用されています。中国材の数倍の値が付いて最高級墓石として扱われています。しかし、その小松石よりもさらに高価で「花崗岩のダイヤ モンド」と言われている石があります。それが「庵治石」なのです。石材関連の産業に従事する者であれば知らない人はない、飛び抜けて高価な石です。しか し、なぜ高価なのか、どういう石なのかをきちんと説明できる人はあまり居ません。
今回視察と検品を兼ねて本場庵治石の丁場(採石場)に行ってきましたので、ご紹介させて頂きます。

宇都宮二荒山神社

北山霊園の桜























